「殺人狂時代(1947)」感想。チャップリンが殺人鬼を演じる、異色のブラックコメディ!

サ行

公開時、チャップリン57歳。



まず、原案オーソン・ウェルズのクレジットに驚く。
実際は企画のアイデアだけだったらしいけど、天才二人の名がクレジットされると映画ファンとしてはテンション上がりますね。


今回、チャップリンのトーキー二作目なんだけど、得意の動きのある笑いは影を潜め、完全なブラック・コメディです。


しかも主人公は連続殺人鬼。



初見時、愛を謳い続けてきたチャップリンを見てきた私は、チャップリンスタイルを放棄した姿に戸惑い、内容がよく入ってこなかったのを覚えています。



しかし今見ると、犯罪映画として紛う事無き傑作でした。



これほど冷徹に人間を見つめる目を持っていたとは。

ただの喜劇作家ではない、映画作家チャップリンの芸術性、その凄味をまざまざと感じます。



ネタバレ度70%
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分析


映画序盤、連続殺人鬼のチャップリンをナレーションで紹介します。


庭の焼却炉から怪しい煙がもくもくと上がっている中、チャップリンが踏みつけそうになった虫を大事に保護するシーンが印象的です。



これは連続殺人鬼をステレオタイプじゃなく、一人の人間として描こうとする意思表示。

序盤でいきなり、監督として、脚本家としての確かな力量を感じる。






証券会社から明朝までに五万フランを用意するよう請求されると、「何とかする」と言って、リストアップした金持ちの婦人の元へ行き、銀行が潰れると嘘をつき、金を下ろさせる。そして殺害。


彼は生活費を稼ぐために殺人を繰り返しているんですが、その手口はまさに口八丁手八丁、主人公の殺しのテクニックを見事なテンポで紹介します。



そして愛する家族、10年連れ添った妻と幼き息子が登場。

本当に幸せを絵に描いたような家族であり、チャップリンは猫を虐める息子を見て、「暴力は暴力を生む」と叱りつける。


序盤のここまでで、人間の矛盾をしっかりと描いています。

この時代、殺人鬼の表裏をここまで的確に描いた映画があっただろうか。

チャップリンの素晴らしい演技も相まって、見事に立体的に表現されています。

さすが、役者としても一流だ。





その後、チャップリンは人殺しに使う、新たな毒物の実験に着手します。

街で出会った美しい女性に毒を盛ろうと自室に誘い込むんですが、彼女から亡くなった夫への愛を聞いているうちに、殺害を中断、そんな自分に思わず苦笑する。


このシーンは見てて本当に唸りました。

主人公が殺害をやめた、その理由ははっきりと明かされないんですよね。

だが彼女の言葉に、確かに心を震わせた瞬間があるのがわかる。



結果、主人公はこの美しき女性を元気づけて、いくらかお金を渡して別れます。

その優しさに女は涙する。

これほど芳醇な心の動き、人間模様はなかなか見れない。




そして直後には、自分を逮捕しに来た刑事に実験中の毒を飲ませて、殺害するというこの振り幅。





更に殺害を繰り返す主人公。

狙いを付けた婦人とボートに乗り、殺害を図るんですが、未遂に終わるシーンがあります。

ここはかつてのチャップリンを感じるコメディシーンで、婦人を演じるマーサ・レイの名演もあって抜群に面白い。






そして世界恐慌で破産し、愛する妻子を亡くす。と同時にファシズムの台頭。



無一文になった主人公は、街でかつて殺そうとして思いとどまった美しい女と再会します。

彼女は軍需産業の社長と結婚し、富豪の仲間入り。

「軍需産業は今一番儲かる」と皮肉を効かせた台詞もあり、ここからこの映画のテーマ、反戦メッセージが盛り込まれます。




終盤、主人公はかつての罪が暴かれて逮捕され、死刑台に向かいます。

そこでの彼の台詞、「一人殺せば悪人で、100万人殺せば英雄です」は映画史に残る名台詞。

この映画をブラックコメディの傑作に決定づけました。


凄い台詞だわ。





今まで放浪者を演じ、愛を謳い続けたチャップリン。

誰もが楽しめるコメディを捨てて、真逆のブラックコメディに挑戦する、齢五十を超えてその気概。

連続殺人鬼を演じ、そして文字通りの傑作を作り上げた。

とんでもない才気です。






更に今作ではチャップリンのトレードマークである山高帽やステッキ、だぶだぶのズボンなどはありません。

紳士を演じ、気品あるファッションに身を包んでいるチャップリンも見所の一つです。





以上です。だから私は感動しました。



ちなみに映画は大コケだったらしいです。

観客が求めるチャップリンではなかったんでしょう、わかります。


しかし犯罪映画として超一級なのは、現在の高い評価を見ても、間違いありません。



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