「椿三十郎(1962)」感想。黒澤作品の中ではコメディ色の強い異色時代劇!

邦画
引用元 映画.com


コメディ色の強さがよく喧伝されている作品なんだけど、騙し合いのサスペンスとしても屈指のレベルにある傑作時代劇です。


何より黒澤作品にしては珍しく、96分という適度な長さが魅力的。


そしてそのわずか96分、物凄い密度です。


腕以上に頭が切れる三船敏郎さんの活躍に釘付けでした。




ネタバレ度70%
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分析


藩内の汚職を告発する若侍9人。

城代家老の睦田にはろくに相手にされず、大目付の菊井に相談すると助力を約束してくれたという。


喜ぶ9人の話し合いを偶然、盗み聞きしてしまう三十郎(三船敏郎)。

のっそりとその場に出てきて、その菊井こそが悪党じゃないのかと助言する。


赤の他人である三十郎の物言いに気を悪くする9人だが、すぐに三十郎の言う通り、罠にはめられた事に気付く。

三十郎は機転を利かせて、若侍たちの窮地を救い、気付けば彼らのリーダー的存在に。



というのが映画序盤なんだけど、まるで無駄が無く、素晴らしいテンポで進みます。


藩内の汚職、憂う若者9人の実直さを紹介し、そしてアウトロー三十郎のキャラ立ちする登場の仕方、更には彼の見事な剣技と分析力、機転を過不足無く見せる脚本の巧みさがえぐい。


この序盤でもう唸る。




ここからは三十郎をリーダーにして、さらわれた城代を救出するというストーリーに。


若侍たちの猪突猛進な意見を否定して、代わりに見事な策を提示する三十郎、このやり取りが繰り返されるんだけど、三十郎の策が毎回見事で、一つ一つのアイデアが本当に素晴らしい。


とにかく観客を楽しませようという黒澤明、小国英雄、菊島隆三の日本が誇る脚本家たちの見事なチームワークさえ感じてしまいます。




そして三十郎たちに敵として登場する室戸半兵衛(仲代達矢)の存在感が光ります。


彼の登場時、敵の見張り三人と入れ替わりに登場するんですが、若侍たちは三人が一人に減って喜びます。

ところが室戸を見た三十郎は渋い顔。そして発する台詞、「さっきの見張り三人は猫だ。だが奴は一人でも虎だ」。


登場してわずかな時間で、この言葉通り、ただならぬ凄みを発している仲代達矢さんも見事。




そしてこの映画のコメディ色、一番の立役者は睦田夫人を演じる入江たか子さん。

三十郎たちに守られている立場ながら、「人を斬っては駄目ですよ」と彼らを優しく諭すお母さん的存在感が素晴らしい。

その朗らかな雰囲気に、さすがの三十郎も頭が上がらない。

存在感が何より大事な難しい役だと思うけど、これ以上のキャスティングは考えられないというほどの魅力を放っています。




そしてもう一人のコメディリリーフは、三十郎たちが捕らえた敵側の侍木村(小林桂樹)。

大事な人質なのに、睦田夫人は「可哀想だから」と拘束を解き、衣服を与え、食事をとらせる。

木村はその人柄に打たれ、逃げられるのに、人質としての生活を続ける。

更には捕らわれの身ながら、若侍たちに助言をしたりと絶妙な活躍を見せます。



行き詰まる騙し合いの中、この二人のおかげで緊張感が和らぎ、心地良い映画になっています。

この空気感は黒澤映画ではかなり異色で、愛される作品なのがわかる。






映画は中盤、さらわれた睦田の居場所がわからず手詰まりになり、三十郎は自分の腕を買ってくれている室戸に会いに行く。

室戸から睦田の居場所を聞き出すのが目的なのだが、若侍9人の中には三十郎が裏切ったのではないかと疑う者もいて、意見が真っ二つに分かれる。

そして三十郎を疑う者たちのせいで、三十郎は危機に陥るんだけど、三十郎はその者たちも守り抜く。

こうしてどんどん三十郎の魅力が増していく脚本の妙と共に、とにかく三十郎の足を引っ張り続ける若侍たち、純粋故にという言い訳もできるが、彼らの間抜け感が絶妙だ。


中でもその間抜け侍のリーダー格、田中邦衛さんが抜群だ。


真面目なシーンなのに、そこはかとなく可笑しい。







あの顔はずるいよ。




ちなみにこの若侍9人に、監督は一切個性を与えていない。

「七人の侍」のように9人をそれぞれ魅力的に描く映画にもできたろうに、完全にモブ化。

ここをばっさりと捨てて、三十郎の活躍を描く事に絞っているのが、この作品のテンポを上げ、密度を濃くした一番の要素でしょう。


こういった取捨選択の的確さが素晴らしい。もはや名人芸だ。




そして映画はクライマックスへ。

ここもまた、三十郎が機転を利かせてピンチから脱するんですが、椿の花を小道具に使った化かし合いが面白い。

あまり複雑にすると時代劇ファンから敬遠されそうになるところ、シンプルな逆転劇を見せてくれます。



そして見事に城代を救出。

三十郎は藩を去る。

ラスト、もはや伝説となっている室戸との一騎打ちが待っています。

この緊張感が本気でヤバいです。何ですか、あの沈黙は。この凄さ、もはや言葉にできない。



確か黒澤監督も脚本に「言葉では表現できない」と書かれたと、何かで読みました。

1カットで魅せるアクションとして、これ以上のものは見た事がありません。




一騎打ちに勝利し、若侍たちに「あばよ」と告げて、去っていくラストカット。


本当に密度の濃い、満足感の高い96分でした。


以上です。だから私は感動しました。




あ、加山雄三さん、出てます。


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