離婚する夫婦を演じるダスティン・ホフマンとメリル・ストリープ、天才子役のジャスティン・ヘンリーの三人が恐るべき名演を魅せるヒューマンドラマ。
演出、脚本、演技はもちろん、撮影や音楽など、全ての要素が最高水準。
ちなみにダスティン・ホフマンはこの映画の撮影中、離婚の真っ最中。
当初はこの映画の出演を頑なに断っていたとか。
そしてメリル・ストリープはウッディ・アレン作品など、他の映画と掛け持ち。
本人は掛け持ちは慣れてるからと承諾したらしいけど、それでこの演技水準。
やばいです。
ネタバレ度90%。
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粗筋
クレイマー夫妻が、離婚裁判で息子の親権を争う。
分析
脚本は言わずもがな最高レベル。
夫婦の離婚、親子の情愛を描き、脚本の教科書的作品として有名なので今更ですが。
ただ、改めて見ると、役者陣のクオリティが高すぎて、脚本では普通のシーンでも力業で名シーンにしている感もある。
それほどにこの時期のダスティン・ホフマンとメリル・ストリープはやばい。
個人的には二人のベストアクト作品だ。
脚本については、まず冒頭の状況説明の巧みさ、テンポの良さからいきなり上手い。
ダスティン・ホフマンは職場での昇進が約束され、有頂天。
そこで帰宅すると、妻のメリル・ストリープからいきなり離婚を切り出される。
妻は動揺する夫の制止を振り切ってエレベーターに乗り込み、息子を置いて家を出ていく。
夫にとっては青天の霹靂、まさに天国から地獄。
ここ、「ろくに説明もせず、息子を置いて家を出ていく妻」というキャラクターは、普通なら観客に嫌われる。
しかしこのシーンのメリル・ストリープの様子からは、非常に苦しんだ末に出した結論なんだろうという印象を受ける。
ここだけでわかる。
メリルの演技力がやばい。ただただリアル。
他の女優がこの妻を演じたら印象はだいぶ違うだろう。
見ていて、「あー、上手いなあ」とため息が出た。
夫婦の会話が全く嚙み合わないんだけど、二人とも相手を責めるわけでもなく、ただ謝っている。
一方的に喚き散らすわけじゃなく、悪い人間じゃないという側面を見せていて、キャラ紹介に抜かりはない。
ここまで見せるのに冒頭わずか七分、圧倒的な技術です。
そしてダスティン・ホフマンと息子との二人の生活が始まる。
ここでかの有名な、二人でフレンチトーストを作ってぐだぐだになるシーン。
全く家事ができない夫のキャラを紹介するためのシーンなんだけど、ただ説明するだけのシーンじゃなく、非常に魅力あるシーンになっているのはやはりダスティン・ホフマンの演技力だろう(ちなみにアドリブだらけらしい)。
普通のシーンでも、名優が演じれば名シーンになるというまさにお手本と感じる。
とりあえず冒頭の三十分は家事と育児に翻弄され、仕事にも支障が出るダスティン・ホフマンの苦労を見せていきます。
そして三十分を過ぎて、父親と息子の衝突を見せる。
ここで私が一番好きなシーン。
息子が夕食よりもチョコアイスを食べて、父親が激昂するシーンです。
緊張感ある二人の演技がとてもリアル。
ちなみにこのシーン、元は脚本に無く、ダスティン・ホフマンの実娘とのエピソードらしい。
そして夜、不意に父親に謝る息子。
父親も謝って、仲直りする。
ここで息子が尋ねる。
「僕が悪い子だからママは出ていったの?」
父親は否定する。
「パパがママを型にはめようとしたからだ。パパのせいだ」
妻を、母を失った孤独な二人の距離が近づき、これからは二人で生きていく事を覚悟する美しいシーンです。
ここね、息子がただ悲しんでるだけじゃなく、自分を責めているところが脚本として非常に秀逸。
小さな子供も子供なりに考えている事を表現していて、誰もがこの子を好きになる。
上手い。
この時点で観客はもう完全に二人の味方だ。
ここからの父親と息子、二人のシーンはニューヨークの街並みと合わせて、全て美しい。
ちなみに撮影は「天国の日々」でアカデミー撮影賞を受賞したネストール・アルメンドロス(「羅生門」「雨月物語」を愛する日本通。名カメラマン宮川一夫を好きらしいよ!)。
舞台劇で台詞を忘れた息子、アシストする父親。
息子の自転車の練習に付き合う父親。
息子がジャングルジムから落下して負傷、抱いて必死に病院を探す父親。
父親は気づけば仕事以上に、息子を大事に想っている。
そのあまりに自然な変化に観客である私も驚く。
この映画が老若男女を問わず、非常に共感を得るのは上にあげたシーンたちの魅力が大きい。
そして50分過ぎ。
一年以上ぶりに妻から電話がかかってくるミッドポイント。
(信じられない、これだけの名シーンがあって、まだ五十分しか経っていないなんて!)
再会する夫と妻。
妻はいきなり息子が欲しいと頼む。
怒って店を出る夫。
(ここのグラスを投げつけるダスティンの演技、ビクッとするメリルの表情がまた素晴らしい! ちなみにここもダスティンのアドリブで、メリルの表情は99%自然のものとの事)
そして親権を争う裁判に進むんだけど、ここで何と、夫は失業してしまう。
この夫を窮地に追い込む畳みかけ、オーソドックスながらやはり上手い。
更に息子を母親に会わせるシーン。
母親の姿を見つけた瞬間、猛ダッシュする息子の姿に感じる切なさよ。
ここからクライマックスの親権を巡る裁判では、夫が何気なく零した台詞を裁判で引用されたりと、やるせなさを感じる絶妙な上手さです。
(ちなみにこの裁判中、ダスティン・ホフマンが首を横に振るシーンは役者としての全キャリアで最高の演技だと本人が述べています)
結果、夫は負ける。息子は妻に奪われる。
別れの日、フレンチトーストを作る父と息子。
無言で作りながらも絶妙な連携で、過ぎた時間と強い絆を観客に見せる。
冒頭のシーンとの対比で素晴らしい効果だ。
そして大好きなラストシーン。
息子を迎えに来る母親。
だが直前で、母親は息子を連れていくのを思いとどまる。
「ここが息子の家だから」と。
「彼のため、連れていくのは良くない」と。
泣ける。
そんな妻に、夫は息子に二人だけで会うよう、促す。
その申し出を受けて、エレベーターに乗り込む妻。
息子と会う前に、自分の髪を直す。夫に聞く。
「おかしい?」
夫は答える。
「素敵だ」
エレベーターが閉まる。
完璧なラストだ。
冒頭、エレベーターで言い争った二人が、今や笑顔を交わしている、この対比。
そして息子と会う直前、髪を気にする母親。
憎らしかったメリル・ストリープがこの瞬間、愛おしく感じる。
(まあ、このやり取りは脚本には無くて、撮影の合間、メイクを直したメリルがダスティンに尋ねたのを撮ったものらしい。それをラストシーンにして新たな意味を加え、見事な余韻を作る編集の妙!)。
ああ、何もかもが素晴らしい。
以上です。だから私は感動しました。
共感しかないよ、この映画は。
ほんと、参考になったよ。
私も離婚しないよう、奥さんを理解できるよう努力して、子供を第一に考えるよう、肝に銘じるよ。
ありがとう、ダスティン、ありがとう、メリル。
子供いないけど。
それ以前に結婚してないけど。
クレイマー夫妻、ありがとう。
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