クリストファー・ノーラン監督、アカデミー作品賞受賞の話題作です。
「原爆」がテーマというのもあり、ネットでは賛否両論吹き荒れており、様々な感想を目にします。
確かに色んな意見が出そうな映画ではある。というより、この内容で色んな意見が出ないなら逆に不健全。
ちなみに私個人は傑作だと思っています。
そんな自分の感想を纏める意味でも、今回記事にしてみました。
ネタバレ度70%
未見の方は映画館へ! ネタバレ上等な方はお進みください。
分析
「原爆の父」、オッペンハイマーの伝記映画なんだけど、非常に真正面から描いているという印象を受ける。
伝記映画って普通、この偉業の裏にこんな出来事があったとか、愛する妻の献身があったとか、知られていない切り口を持ってくるのが定石です。
おそらく映画ファンの方はパッといくつかそのような作品が思い浮かぶんじゃないでしょうか。「ビューティフル・マインド」とか。
だがさすがノーラン、この映画は違う。
オッペンハイマーの栄光、その後の苦悩、良心の呵責を真正面から描いている。
というか、そこをテーマに、他はしっかり切り捨てている。
これはなかなかできない。
この作品、凄い人数のキャラが出てくるんだけど、その関係性にほとんど重きを置いていない。
時間軸まで弄り回す事で、ドラマ性を排し、誰にも共感できないような作りになっている。
同時に、ノーラン自身の主観も入れないような作りになっている。
それが結果、観客がこの主人公を客観的に眺める事に成功している。
そしてこの作りがまず、賛否両論吹き荒れる一番大きな理由でもある。
でも個人的にはこの方法論が一番だと思う。
例えばオッペンハイマーと妻との愛とか、仲間との友情とか、そこをテーマに持ってくれば感動的なドラマにはできる。
それこそ、親子の愛をテーマにした感動作、「インターステラー」のように。
しかしこの映画はそうじゃない、オッペンハイマーと誰かのドラマじゃなく、核の恐怖を描くわけじゃなく、彼の栄光と苦悩を描く事、その一点に執着し、このやり方を選んだ。
ここが本当に素晴らしい。
そうじゃないと全てが中途半端になる。
結果、オッペンハイマーの心の動きがビビッドに感じられる作品になっている。
それは歴史的背景や、人物の相関関係など知らなくても、十分に伝わると思う。
それこそが、ノーランが意図したものだ。
人物の相関関係など、予習して見れば、「あの人があの人物をこう演じてる」と感じられる面白さもあるだろう。
もちろん、それもまた、この映画の楽しみ方の一つであり、懐の深さでもある。
私はトルーマン大統領を演じたゲイリー・オールドマンが印象的だった。
「自分の手が血塗られているように感じています」と言ったオッペンハイマーを「泣き虫」と言った彼だ(※ちなみにこれは実話)。
そして終盤の法廷劇もまた、色んな人物が様々な証言をするけど、実のところ、その内容はどうでもいいように見える。
これは映画的に、視覚的に、オッペンハイマーの苦悩を具現化するための作劇だ。
誰がどう裏切ったか、敵なのか味方なのか、その人間ドラマに重きを置いていないのはその演出でもわかる。
ドラマに重点を置くなら、「水爆の父」テラーの証言とか、もっと感動的にできたはずだ。
この演出に対して、脚本制作時、撮影時、色んな意見が出たと思う。
当然、反対意見もあったろう。
その中でこの方法論を選んだところが、その作家性が、さすがノーランだ。
映画の内容も日本人として、やはり刺さる部分も多かった。
ヒトラーが自殺して、原爆を使う機会が失われたと思ったその時に発せられた台詞。
「まだ日本がある」
もはや核を使わずにはいられない、戻れない状況にまで来ている事を感じさせる凄い台詞だ。
そして核実験成功時の映像と音響、その後のみんなの歓喜。
ここは本当にこの映画のハイライトで、こんなものを作ってしまったのかという衝撃と共に、喜ぶ関係者たちを見て抱く感情は複雑だった。
ラスト、オッペンハイマーがアインシュタインに告げた台詞。
「我々は世界を壊した」
彼の苦悩がいかほどか。
作品のテーマを突きつける、良いラストだった。
そしてアインシュタインもまた、その「我々」の一人。
核爆弾製造をアメリカ政府に進言した事で、良心の呵責に苦しんだ事はよく知られています。
日本人で初めてノーベル賞を受賞した湯川秀樹さんがアインシュタインと初めて対面した折、いきなり強く手を握られ、「日本人を傷つけてしまった。許して欲しい」と涙ながらに謝罪されたというエピソードは有名だ。
以上です。だから私は感動しました。
しかし上映時間180分、IMAXですし詰め状態の中、上映時間180分は長いです。
膀胱爆発の恐怖、気が気じゃありませんでした。次作はもう少し短めにお願いしたい。
あと、オッペンハイマーは晩年、来日しています。
ここを描くかどうか、ノーランもおそらく思案したと思う。
しかし結果、描かなかった。
私はそれで良かったと思う。
ドラマを排し、甘くしなかった、その厳しさが好きだ。
機会があれば、映画原作の自伝も読んで見たいです。
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