黒澤監督は生前、「あまり語りたくない作品」と言っていたらしい。
タイトルからもわかる通り、黒澤作品でこれほど明快なヒューマニズムを打ち出した作品は他に無い。
テーマは当然の如く、「今を全力で生きる」です。
しかしこの作品をちゃんと見ると、それは表向きのテーマだ。
その裏には、単純な役所批判だけではおさまらない、小市民への痛烈な皮肉に満ちている。
それを形にした後半の構成はもはや神レベルのアイデアです。
構成にこれほど唸った事は洋画、邦画を問わずかつて無い。
どうか見て、震えて欲しい。
ネタバレ度90%
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分析
胃がんで余命幾ばくもない志村喬さんが、市民のために公園を建設するというお話。
余命僅かと知って、自分が生きた証を頑張って遺すという、はっきり言って、よくある内容です。
タイトルから内容が簡単に想像できてしまうので、食わず嫌いな人も多いんじゃなかろうか。
実際、前半は予想通りにストーリーは進みます。
自分が胃がんだと知る志村喬さん。
愛する息子夫婦は自分の退職金しか頭に無い。
絶望し、夜の街を彷徨うが、満足は得られない。
偶然、若い女性と懇意になり、赤ん坊のおもちゃを作る事が楽しいという彼女に感化されて、自分も何か形をなるものを残そうと決意する。
そして役所で陳情を受けている公園の建設に奔走し始める。
ここまでが前半。映画が始まって90分ほど経ってます。
非常に丁寧で、工夫された見せ方に感心する事はあっても、正直なところ、予想通り過ぎて退屈にも感じます。
公開当時ならまだしも、私たちはもうこの手の内容の映画を散々見てきたしね。
しかしだ。
黒澤監督はここで恐るべき展開を用意する。
公園建設に志村喬さんが動き出した瞬間、次は彼のお通夜のシーンになる。
後半はこのお通夜に来ている者たちが、志村喬さんを悼む会話劇になる。
普通の脚本家なら、志村喬さんが命懸けで奮闘する姿をそのまま描いていくところだ。
テーマ的にそこが見せ場なのだから。
どれほど彼が必死に生きたかを丁寧に、執拗に観客に見せていき、お涙頂戴に持っていくのが定石。
ていうか、本来、それ以外は無い。
しかしこの「生きる」は主人公不在のお通夜を舞台に、家族や役所の仲間たちが彼をどのように見てきたか、彼の最期の奮闘をどう思ったかを語り合う。
そして語る連中が全員、小市民。
そのあまりの小者ぶりにこっちが驚く。
そしてその小ささを見て、こっちが思い切り笑えるかと言われたらそうでもなく、胸にぐさぐさ刺さるという恐ろしい皮肉に満ちている。
公園を作った手柄を自分のものにしようとする市役所助役。
記者に問い詰められて、みんなで公園建設の功労者を選ぼうとする。
数名の名が上がるが、誰も志村喬さんの名は出さない。不自然なほどに避けている。
そんな折、かねてから公園を作るよう陳情を繰り返してきた主婦たちがお通夜に入ってきて、みんな、泣きながら無言で焼香を上げる。
志村喬さんこそが粘り強い交渉を繰り返し、公園を作った張本人だと主婦たちはみんな知っているのだ。
主婦たちの無言の焼香に、気まずさを感じる役所の人間たち。
そう、先ほど功労者と名が上がった者たちこそ、志村喬さんの邪魔をしていた抵抗勢力の長たちである。
見てていたたまれたくなるわ!
結果、志村さんの熱意は認めざるを得ないという流れに。
しかしその熱意のせいで、縄張りを荒らされたとまで言い出しますこいつら。
「仕事しないのが役所の仕事なんだ!」ととどめの名言まで出ます。
まあ、最後には酒の勢いもあって、自分たちも頑張るぞと調子良く、言い出すんですが。
「生まれ変わってやるぞ!」と決起集会のようにみんな大盛り上がり。
ええ、もちろん、次の日には元通りです。
仕事しないみなさんの姿を描写して、映画は終わります。
何という辛辣なヒューマニズムだ…。
「今を全力で生きる」という明快なテーマを掲示しつつ、後半、小市民の虚栄心、嫉妬心、浅ましさをこれでもかとあぶり出す、恐るべき構成。
この構成のアイデアは小國英雄さんです。
黒澤監督は数名で脚本を書きますが、その中でもリーダー的存在だった方。
このアイデアを生み出しただけで、もはや神。
圧巻です。
これだ。
これが世界のクロサワだ!
以上です。だから私は感動しました。
ちなみに志村喬さんの一世一代の熱演が魅力の作品ですが、黒澤監督はもう少しリラックスした演技をして欲しかったみたいです。
それでもこの「生きる」と「七人の侍」の志村さんの名演は素晴らしい。
ついでに言うと、宮口精二さんのヤクザも素晴らしい。本気で怖い。
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