アカデミー作品賞、脚本賞受賞作。
あらためて見ると、凄いクオリティだ。
ロスで暮らす人々の群像劇で、ストーリーと呼べるものはほとんど無い。
なのに、ずっと緊張感が持続して目が離せず、やたら面白い。
出てくる全てのキャラが状況によって善と悪に振れ、血が通った人間だと感じさせる。
群像劇の脚本は難しいと言われるが、このレベルは最高級。
脚本の教科書的作品だと思うけど、このレベルにどうすれば到達できるのか、ライターはただ呆然とするだけだろう。
ネタバレ度50%
未見の方はDVDか配信で! ネタバレ上等な方はお進みください。
分析
ロスで暮らす人々の差別、偏見、憎悪を描く。
私は日本人で日本に住んでいるので日常で人種差別をリアルに感じる事は少ないが、この作品はこれでもかと執拗に描く。
黒人、アラブ人、アジア人などが差別と偏見の対象として描かれるが、本当に容赦無い。
この点だけでも、群像劇の魅力を十二分に発揮している。
そして脚本、監督はポール・ハギス。
前年に「ミリオンダラー・ベイビー」の脚本を担当し、アカデミー作品賞を受賞している。
その筆力は折り紙付きとはいえ、この作品の脚本レベル、その高さは異常だ。
全てのシーンに張り詰めた葛藤があり、情感がある。
説明だけのシーンや台詞なんて皆無です。
中でも私が注目したのはマット・ディロンのキャラクターです。
コッポラ監督作品の青春スターとして人気になったが、その後低迷。
ここで使われるかという、渋いキャスティング。
今回、演じる役は警官なのに人種差別主義者の一見、クソ野郎。
パトロール中、いちゃもんつけて黒人夫婦の取り調べをするんですが、その美人妻に対して、身体検査と称して触りまくり。
警官を相手に反抗できないのを利用して、もうやりたい放題ですよ。
何だこいつは!と当然、観客の怒りを買います。
マット・ディロンはこんなやさぐれた役がはまる。
ところがその後、彼が一人で父親の介護をしているのを知るにつけ、観客は怒りの感情を何処に持っていいか、わからなくなる。憎めない。
このあたり、脚本はあざといが、上手い。
そして映画中盤、交通事故の現場に出くわすんですが、ひっくり返った車、その車中の運転手を助けに向かう。
声をかけるとびっくりです、その運転手はいつぞや、触りまくった黒人の美人妻です。
美人妻はマット・ディロンの顔を見るや半狂乱。
「あなただけには助けてほしくない!」と絶叫します。
しかし事態はそれどころではなく、マット・ディロンは制止する仲間たちを振り切り、この美人妻を救出します。
文字通り、命懸けで。
彼の中にある、警官としての矜持。
素晴らしいです。
人間は状況によって、善悪どちらにも振れる、一筋縄ではいかない生き物としてこの作品は描いています。
これ、口で言うほど簡単ではありません。
キャラを作るのに履歴書を作成する脚本家は多いと思いますが、言葉で色々と性格付けすると、このようなキャラは生まれません。
これほど警官として正義感のある男が、何故、身体検査と言って痴漢まがいの事をするのか、説明できないんですよ。
しかしこの映画では見事なリアリティ、説得力を持っています。
どうやってキャラを作っているんだ、ポール・ハギス。
しかも更に恐ろしいのは、この作品のキャラ全員が、このような描かれ方をしているという事。
とんでもない筆力ですよ!
例に挙げると、人格者だったのに、突然逆ギレする黒人TVディレクター。
悪徳警官のマットを毛嫌いしながらも、無実の黒人を撃ってしまい、隠蔽する若手警官。
強盗を繰り返しながらも、密入国者を開放する犯罪者。
などなど。
ざっと並べるだけでもこんなに矛盾を抱えたキャラたちが。
他にもまだまだいます。
嘘だろ、ポール・ハギス。
あなた、凄すぎるよ。
先日、「バビロン」の考察でキャラが浅い、ドラマが薄いと書いたんですが(作品は好きですよ!)、同じ群像劇のこの作品と見比べてみればそのレベル差がすぐわかります。
演じる役者陣の顔ぶれも魅力的です。
当時はサンドラ・ブロック以外は地味だなあという印象でした。
今見ると、みんな、この作品を契機にどんどん活躍していった印象。
ドン・チーゲルは「ホテルルワンダ」や「アイアンマン」で。
テレンス・ハワードは「プリズナーズ」で。
タンディ・ニュートンはテレビドラマ「ウエストワールド」で。
この顔ぶれが魅せる上質な演技、そして最高レベルの脚本、見終わるとあまりの完成度に感謝の念さえ抱きます。
大本命「ブロークバック・マウンテン」を破ってアカデミー作品賞を受賞したのは伊達ではありません。
以上です。だから私は感動しました。
しかしこんなにロスって差別があるんですか。
先日、「トレーニングデイ」でもロス、怖かったな。
歩いてたらいきなり襲われそうだ。
飛行機怖くて行く事は無いので、心配無用だけど。
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