公開時、チャップリン63歳。
赤狩りでハリウッドを追われたため、アメリカでの映画製作はこの作品が最後。
最後になる事を見越したような、チャップリンの集大成的な作品です。
トーキーになって「独裁者」「殺人狂時代」と政治的メッセージの強い作品を作った後の今作は、以前のチャップリンを取り戻したかのような、原点回帰とも言える愛の物語。
主人公のカルヴェロは老境で落ち目の喜劇役者という設定で、否が応でも自分自身を重ねているのが見受けられる。
そのカルヴェロの生き様、台詞の数々はファンへ向けての、または自分自身に向けての言葉にも思える。
その意味でもこの作品がチャップリンの集大成と言われるのも納得です。
ネタバレ度70%
未見の方はDVDか配信で! ネタバレ上等な方はお進みください。
分析
主人公は落ち目の喜劇の名優カルヴェロ。アル中でもある。
映画は序盤、彼がアパートの階下に住むダンサー、テリー(クレア・ブルーム)が自殺しようとしたのを救うシーンから始まる。
彼女は精神的なショックから、脚がマヒして動かず、生きる事に絶望している。
彼女を静養させるため、自分の部屋に住まわせつつ、彼女に生きる希望を、人生の喜びを語り続けるという流れ。
そしてカルヴェロの舞台での芸が披露される。
ノミのフィリスとヘンリーを飼っているというパントマイム芸。
トーキーになってから動きの笑いは激減していたけど、ここで久しぶりにチャップリンらしい芸が見られる。
やはりファンとしては嬉しい限りだ。
しかし落ち目の喜劇俳優という事で、なかなか仕事が貰えない。
エージェントもぼやいており、カルヴェロは皮肉を込めて提案する。
「私の名前を出したくないなら違う名前で出ましょう」
「それは良い考えだ」
「!」
ここでのチャップリンの反応、「皮肉を言ったのにまさか受け入れられるとは!」という感情が一瞬うかがえて素晴らしい。
そして今後、カルヴェロは自分の名前を伏せて劇場に出る事になる。
この時期、チャップリンは数々のスキャンダルや政治的な面から人気が急降下していました。
その意味でも、本人と重なるこの主人公の切なさ、屈辱は真に迫りますね。
そして映画の前半、絶望するテリーを励ますカルヴェロ、その台詞の数々はなかなか哲学的で、多くの名言が含まれています。
ただ、個人的には語り過ぎというか、説教臭く感じて、この作品をそれほど好きになれない理由でもあるんだけど。
中でも有名な台詞があります。
「人生に必要なのは勇気と想像力、少々のお金だ」
チャップリンの評論本などでは、必ずと言っていいほど、紹介される名台詞。
彼自身の人生哲学なのでしょう。
そしてカルヴェロは彼女を励ます言葉が、自分への𠮟咤になっている事、そのブーメランに気付き、ハッとする。
そこで一念発起、久しぶりに舞台に出るんですが、散々な出来で契約をわずか一日で打ち切られる。
失意のカルヴェロをテリーは必死に励まします。
その叱咤に夢中になり、気付けば自分のマヒしていた脚が動いている事、自分が歩いている事に気付く。
愛だな。
ここは映画のミッドポイントで、感動的に描かれます。
ちなみにこのテリー役のクレア・ブルームの美しさは一際目立ちます。
この作品以降も長く女優として活躍しており、最近は「英国王のスピーチ」でメアリー女王を演じていました。凄いな。
そして月日と共に、ダンサーとして名声を得ていくテリー、その様子を間近で見続けて、涙するカルヴェロ。
この涙、その意味は台詞で説明されない。
ただテリーの頑張り、成長が嬉しいという事だけじゃあないんですよね。
こうゆう感情の機微、その演出がとても良いです流石です。
テリーは自分を救ってくれたカルヴェロを愛しており、結婚を申し込みます。
自分はもう年寄りだと狼狽え、拒絶するカルヴェロ。
そんな折、彼女は以前恋心を抱いたピアニストと再会します。
ピアニストもまた、彼女に恋心を抱いており、この再会に運命を感じる。
しかしテリーは今はカルヴェロを愛しており、ピアニストへの思いは残っていない。
テリーの舞台にこのピアニストとカルヴェロも出演する事になるんですが、最初の打ち合わせの折、テリーは隣に座るカルヴェロの手をそっと握ります。
すると、背後に座っていたピアニストがその握られた手をチラッと見る。
一瞬しか映らりませんが、円熟の細かい演技指導に唸る。
ピアニストは自分の愛を伝え、カルヴェロと別れるよう、テリーを説得します。
「それは愛じゃない憐れみだ」
「憐れみ以上のものよ。彼の優しさ、悲しさ、そこから私を離せないわ」
このやり取り、愛を説明する台詞の数々は、音の無いサイレント映画で一世を風靡した脚本家とは思えないほど深く、美しい。
カルヴェロはテリーの幸せを願い、彼女の前から姿を消す。
月日がたち、そんな彼とピアニストが偶然再会する。
彼はピアニストから、失意から立ち直り、活躍しているテリーの現状を聞き、喜ぶ。
「時は偉大な作家だ。いつも完全な結末を書く」
チャップリン、あなた、名台詞が過ぎるよ!
ピアニストからカルヴェロの居場所を聞きつけ、テリーはカルヴェロと再会。
そこで記念公演の打診をします。
カルヴェロはかつてのスター芸人として、再び劇場に立ちます。
この舞台がクライマックスになるんですが、ここで映画ファン感涙のサプライズ、何とかつてのライバル、バスター・キートンとの共演!
しかもただの顔見世じゃない、二人だけでしっかりと、サイレント時代を彷彿とさせる至芸を見せてくれます。
最高だ。
そして舞台は大成功、しかし心臓の発作が起きて、カルヴェロはテリーのダンスを眺めながら死んでいくラストへ。
この映画の魅力になっている音楽、チャップリン作曲の「テリーのテーマ」が更にその感動を増幅させる。
ちなみにこの曲は、アカデミー作曲賞を受賞。
こうして見ると、チャップリンの底知れぬ才能を感じる。
サイレントで活躍したのに、トーキーに順応し、歌まで歌い、名台詞を書き、名曲を作曲したりと凄まじい。
その仕事量も含めて、やはり映画の神様と言われるのは伊達じゃない。
以上です。だから私は感動しました。
ただ、この作品、愛の名作とされているんですが、個人的にはチャップリンの老い、説教臭さを感じて、それほど好みではない。
もちろん、好きなシーンはたくさんあるんだけども。老境になって見たらまた違う感情が沸くんだろう。
私の記憶が確かなら、ピカソもこの作品を見て、同志と思っていたチャップリンの老いを感じて悲しかった、みたいなコメントをしたと何かで読んだ。
まあ、ピカソは80歳で再婚するような猛者だからな。
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