「キッズ・リターン(1996)」感想。再生を高らかに宣言する北野監督復帰作!

邦画

青春を、人生を、ピュアな感性で切り取った、北野武監督の代表作の一つ。



北野作品はバイオレンス描写が代名詞なんだけど、それとは別に、「あの夏、いちばん静かな海。」「菊次郎の夏」など、人間ドラマで静かな感動を誘う系統の作品群があります。

この「キッズ・リターン」はその系統の最高傑作じゃないかな。



何より、大怪我から復帰した北野監督だからこそのメッセージが映画を超えた重みを放っています。



ネタバレ度80%
未見の方はDVDか配信で! ネタバレ上等な方はお進みください。


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分析


主人公は不良高校生、マサル(金子賢)とシンジ(安藤政信)。

関係性は完全にジャイアンとスネ夫です。



映画序盤は二人がろくに授業も出ず、ダラダラと毎日を過ごしている描写が続きます。

カツアゲは当たり前、店でも平気で煙草と酒をたしなみ、ピンク映画も見に行くという、まさに昭和の不良。


高校の教師の描き方も、厄介者の生徒に対してはっきりと「こいつら」と言って敵視する感じ、リアルです。




そして映画開始20分過ぎ、二人は以前カツアゲした男子が連れてきたボクサーに報復されます。


ここまで散々イキっていたマサルが文字通り瞬殺され、地面に這いつくばる姿が北野監督らしく淡々と描写されていいですね。


そして翌日、マサルはやり返そうと、ボクシングを習い始めます。
スネ夫のシンジも半強制的に習うように。


二人がただ街中をランニングをするシーン、その切り取り方が印象的です。

以降も何度も似たシーンが出てくるんですが、走っている映像だけで二人の成長、変化を見せる演出がとても良い。


久石譲さんの音楽も二人の高揚感を表現されていて、見事。




そして映画開始40分過ぎ、初めてスパーリングをする二人。

ここで何と、スネ夫のシンジが、あっさりとジャイアンのマサルをノックアウトして、その才能を見せつけます。


ここ、本当に人生の辛酸が感じられて、印象的。

一瞬で関係性が逆転するこのアイデアが抜群です。



映画の早い段階にこのシーンを持ってきているのも良いですね。

熟練した脚本家だとここをミッドポイントに置きたくなるところ。

でも監督が描きたいのはここからの二人なんだよね、だからこそすぐに持ってきた。

英断だと思います。エンタメ映画を撮っているわけじゃないからね。




そして映画はボクサー、シンジの物語に大きく寄っていきます。

その才能を開花させ、ジムでも期待のホープになっていくんですが、そこに近づいてくるジムの先輩ハヤシ(モロ師岡)。


このハヤシ、肘打ちを教えたり、「強い奴は何やっても強いんだよ」と酒や暴食をすすめたりして、結果、シンジを潰してしまうんですが、本当に良いキャラです。

実際にいそう。何でも、武さんの先輩漫才師がモデルとか。


モロ師岡さんが本当にリアルに演じられているんですが、元は台詞無しの端役だったとか。

撮影現場に行く度に台詞を書いたメモを渡されて、どんどん大きな役になっていったとの事。

武さんの役者を見る確かな眼力を感じるエピソードです。


このキャラがいるとドラマの奥行きがグッと深まります。作品の完成度に大きな影響を与えてる、さすがモロ師岡さん。



そしてもう一人の主人公、マサルはシンジにのされた直後に「また違うのを見つけるよ」と言ってボクシングを辞めたんですが、暫くして、ヤクザの道へ進みます。





相棒を失ったシンジは登校しても一人、そして卒業するシーンが描かれます。ここがミッドポイント。


そして映画は後半戦、ボクサーとして活躍していくシンジ、ヤクザとして出世していくマサルを描く。

シンジは快進撃を続け、マサルも背中にがっつり彫りが。




と同時に、二人の同級生たち、さえない男子たちの日常も挿入されます。

高校卒業後に憧れの女子と結婚するも、新卒で入った会社が肌に合わず、あっという間に退職したり。

夢見た漫才師になったものの、客席はガラガラなど。


甘くない人生を淡々と描く北野演出。

この監督の視点、キャラクターとの距離感は同時代のアキ・カウリスマキ監督に近いですね。


ストーリーに関係無いキャラをちょこちょこ描くのは北野作品の特徴でもあるんだけど、今作ではしっかりと人生の悲哀を描く事に貢献しているのがポイントです。




そして暗雲は主役の二人にも。

シンジはハヤシに誘われた酒と暴食がたたり、体重が落ちなくなる。

そして下剤を使用するが、体力が落ち、ランニングではっきりと衰えを見せる。

そして大事な試合で見事にボコボコ、ボクサーとして致命的な敗戦を迎える。



片やヤクザのマサルは兄貴分を殺されて激昂し、暴走。結果、仲間たちにボコボコにされて廃業する。



更に同級生たちの描写も挿入。

期待した会社をすぐに辞めた者はタクシー運転手に。その労働のキツさに消耗し、離婚もして、事故を起こす。

逆に漫才師のコンビは地道な努力が実り、客席も埋まって盛況。


共に高校を過ごした者たちのそれぞれの成功、挫折を描写します。一体、何が悪かったのか、何処で間違えたのか、人生の難しさを感じさせる。






そしてラスト。何者でもない無職のマサルとシンジが高校の校庭を、昔のように自転車で乗り回す。


「まーちゃん、俺たちもう終わっちゃったのかな?」

「バカヤロウ、まだ始まっちゃいねえよ」


そしてエンドロール、美しい久石音楽が流れます。


ここ、大怪我から復帰された武さんの宣言にもとれますね。強い説得力を感じます。

引用元 映画.COM






見てる私も沸々と感情が盛り上がります。



そうだ、俺はまだ始まっていないと。






武さんに背中を押され、テンションが上がり、飲んでいるビールが進みます。


朝、目覚めて二日酔いでダウン。何も始める気が起きません。





この作品、脚本を何度も直したらしく、北野映画としては珍しくしっかりとしたドラマ性、力強いメッセージがあり、素晴らしい青春映画です。


以上です。だから私は感動しました。



ちなみにカツアゲされる生徒役で若かりしクドカンが出てますよ!


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