米ソ冷戦の核戦争、その末路を描くブラックコメディ。
キューブリック監督作品では「2001年宇宙の旅」「時計仕じかけのオレンジ」と合わせてSF三部作と呼ばれてるみたいです。
90分弱の上映時間、まさにブラックユーモアの塊で抜群に面白いです。
白黒ですが、若い映画ファンの方にも是非勧めたい珠玉の一品。
ネタバレ度60%
未見の方はDVDか配信で!ネタバレ上等な方はお進みください。
分析
アメリカ空軍のリッパー准将が警戒飛行中の爆撃機34機に対し、ソ連への核爆弾投下を命令するという出だし。
この序盤がいきなり秀逸。
当然、爆撃機のパイロットたちは「本当に?」と命令を疑いますが、軍人としては実行に移さざるを得ない。
その混乱ぶりがユーモアを交えて描かれ、いきなり緊張感ある面白さ。
この手の導入を「張り手」と言うんですが、テンポゆっくりの昔の作品ではなかなか珍しいです。
普通の監督なら当時の米ソの関係性とか、主要人物のキャラクターなどを描いてからにするでしょう、流石です、キューブリック。
そして画面は米大統領と軍上層部が揃う作戦会議室へ。
ここで核爆弾投下作戦を知った大統領は、何とか中止しろと声高に指示します。
その大統領に対して、核攻撃の必要性を訴えるのが、ジョージ・C・スコット演じるタージドソン将軍。
このタージドソン将軍がなかなかの狂人っぷりを発揮してくれて、無茶苦茶面白い。
核爆弾投下の重要な会議中に、秘書に電話で愛を囁くなんてまだ序の口。
まともに戦争をすれば一億五千万の味方が死ぬが、核を使用すればわずか二千万人で済むだろうと得意げに語る姿は完全にサイコパス。
その演技にリアリティがあり、正直、トランプやプーチンなら普通に言いそうだなと思って、恐怖を感じた。
この瞬間、この映画が風刺劇として成功したのは間違いない。
そしてアメリカ大統領はもはや自分たちにはどうしようもできない状況だと知ると、ソ連大統領に電話し、34機の爆撃機を全て撃墜するよう要請します。
敵に味方を殺してくれと頭を下げる、この展開がブラックコメディとして抜群なのは言うまでもない。
しかも切羽詰まった状況のため、若干キレ気味なのも笑えます。
そしてソ連大統領から、ひとたび核攻撃を受ければ、数十発の核爆弾が自動で爆発し、世界は放射能に包まれる「皆殺し装置」が作動する事を知らされる。
この「皆殺し装置」の存在を知ったタージドソン将軍が誰よりも焦りだす様子も最高だ。
それでも暗号解読に成功したマンドレイク大佐の活躍で、何とか核爆弾投下作戦の中止を爆撃機に伝える事に成功する。
この辺りのシーンの省略、見事な切れ味です。
そしてここまでで映画開始73分。
映画序盤からずっと緊張感が持続し、全く飽きさせない。
普通ならここで大団円を迎えて終わりでしょう。
だがこの映画は違う。
一機だけ中止命令を受け取らなかった爆撃機があり、そのまま作戦を続行。
この一機、燃料切れや機器トラブルなどに見舞われながらも突き進む、果たして核爆弾を投下するのかどうか、観客はドキドキです。
クライマックスを映画的に、サスペンスで盛り上げるキューブリック、さすがの手腕。
そしてここで作戦会議室に出てくるストレンジラブ博士、皆殺し装置が発動した折に人類が生き残るための提案をするんですが、それもまた、狂ってて最高です。
遠慮なく選民思想を披露するストレンジラブ博士(ピーター・セラーズ)の怪演、からの印象的なエンディング、その流れが本当に素晴らしい。
未見の方は是非、見届けて欲しい。コング少佐の絶叫を。
笑いと興奮、そして同時に恐怖も感じる素晴らしいシーンを。
キューブリック監督作品では「2001年宇宙の旅」が最も有名だけど、その前作であるこの「博士の異状な愛情」もまた、肩を並べる大傑作です。
世界的に見ればこちらの方が評価が上なんじゃないかな?
何より、核戦争を描いていながら、作戦会議室と爆撃機のコクピットだけで展開し、一番の被害者であるはずの民衆が全く描かれていないのが、何よりブラック。
原作小説「破滅への二時間」はシリアスに描かれているんですが、映画ではコメディとして描いたキューブリックの慧眼がもはや恐ろしい。
以上です。だから私は感動しました。
ちなみに「2001年宇宙の旅」の前作の割には、特撮はテレビ番組レベルのチープさなのも逆に滑稽で良い。
あと、音楽が印象的で耳に残ります。
他の作品でも耳にする事がある、「ジョニーが凱旋するとき」ね。
更に謎なのが、ピーター・セラーズの一人三役(当初は四役の予定だったらしい)。
アメリカ大統領、ストレンジラブ博士、マンドレイク大佐という主要三人を同じ人とは思えない見事な演技で演じ分けています。
何故三役も演じたのかというと、映画会社のゴリ押しで、キューブリック自身は気が進まなかったようだけど。
とにかく白黒ながら、歯応えのある映画を見たい方には是非勧めたい、傑作でした!
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