「天国と地獄(1963)」感想。全編を覆うダイナミズム! ラストカットの衝撃は余韻という言葉ではなまるぬい。

邦画

名作揃いの黒澤明監督作品でもベストに推す方が多いと思われる不朽の傑作サスペンス。



謎解きを一切排し、リアリズム、ダイナミズムで勝負しているところはまさに黒澤。


ザ・骨太。


濃密すぎる143分、堪能しました。




ネタバレ度80%。
未見の方はDVDか配信で! ネタバレ上等な方はお進みください。





この記事を書いている2023年10月現在、U-NEXTでは多くの黒澤作品が見放題配信されています。



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粗筋

ナショナルシューズ会社の重役、権藤(三船敏郎)の元に「子供を誘拐した」との脅迫電話が入る。

しかし犯人の間違いで、実際にさらわれたのは運転手の息子だ。

それでも犯人は脅迫を止めず、権藤に三千万の身代金を要求する。

分析

今見ても、色々と他に類の無い脚本だ。



まず前半の一時間近く、ほぼ室内劇。

主人公の権藤(三船敏郎)と会社の重役たちとの、経営権を巡る争いを20分近くも見せる。

サスペンスの冒頭としては異色だなあと思っていると、重役たちが帰り、「子供をさらった」という脅迫電話が掛かってきて、ドラマが動く。



ここから誘拐事件発生、さあ、犯人は誰だ!?みたいなサスペンスが一気に始まるんだけど、この映画でポイントとなるのは、犯人が間違えて、権藤の息子じゃなく、運転手の息子を誘拐したという事。



しかし間違いとわかっても犯人は脅迫を続け、三千万を要求してくる。ここで権藤が金を出すか出さないかのドラマが始まる。



冒頭でしっかり説明した、お金を簡単には出せない権藤の事情、それでもお金を出して子供を助けるよう懇願する妻(香川京子)、身代金を出してくれと言い出せず苦悶する運転手、権藤の失脚を予感した右腕の裏切りと、濃い人間ドラマが展開される。


三千万を出すかどうか、苦しむ権藤に対して、観客の興味と共感が増すという非常に上手いやり方だ。


この展開が無かったら、ただ身代金を要求されて狼狽える金持ちキャラで終わる。

この映画で一番凄いと思わせるのは、この権藤をとことん追い詰める前半です。



そしてこの前半こそ、エド・マクベイン原作「キングの身代金」のアイデアです。



このアイデアに着目したのは、やはり黒澤監督らしい。
権藤は悩み苦しんだ結果、運転手のために身代金を出すんだけど、このヒューマニズムこそ黒澤だ。

(※ちなみに原作では主人公は身代金を出さない)




身代金を入れる鞄に発煙カプセルを仕込むのを自ら手伝う権藤の姿は前半一番の感動ポイント。

「こんな時に見習工の腕が役に立つとは思わなかった…フフ、最初から出直しだ」


身代金を出すか出さないかで、ここまで濃厚な人間ドラマは例が無い。



刑事たちも「この人のためにも、犯人を捕まえるんだ!」ともう一丸。
観客も当然の如く、権藤の虜です。


まあ、これ以降、ほとんど権藤は出ないんだけど。







そしてあらゆるところで語られていますが、身代金受け渡しのシーン、その約五分間の緊張感、面白さはかつて無い。

解放された運転手の子供に向かって走る権藤、そして抱き合う長いロングカット。白眉です。



ちなみに原作ではこの身代金受け渡しの折に犯人が逮捕されて終わります。





そして映画の後半は原作から離れた完全オリジナル、警察が犯人逮捕に至るまでのパートです。

捜査本部での報告という形で、過去と現在を行き来しつつ、刑事たちの捜査を執拗に描いていく。

かなり早い段階で犯人(山崎努)を登場させ、黒澤監督はここで犯人探しのミステリーを放棄します。



普通の刑事の一つ一つの地味な捜査を紹介し、犯人をじりじりと追いつめていく様子で観客を引っ張る、そのリアリティとダイナミズムは黒澤作品ならでは。



警察の捜査と並行して、運転手が勝手に子供を連れ出して犯人を探すのもポイントだ。

自分の子供のために、雇い主の権藤は破産した。そのいたたまれなさが胸にくる。

勝手に子供を連れ出した事で警察から怒られるんだけど、結果、運転手のこの必死の思いが小さな突破口になる。



捜査が進み、(映画ファンには有名な)煙突から出るピンクの煙が決定打となり、犯人が判明する。


(※モノクロに色を付けるこの手法はコッポラやスピルバーグが後に自作で使用します)



犯人を罠にはめる捜査本部、その過程で描かれる麻薬中毒者の描写などはまさに圧巻。
タイトルにある「地獄」がしっかりと描かれます。


そして見事に犯人逮捕。


収監されて死刑確定。



ちなみに犯人役の山崎努さんのエキセントリックな演技は出色です。

脅迫電話で必ず最後に「権藤さん♪」と言う、その飄々とした感じが印象深い。

犯罪の動機や暗い過去などはほぼ語らず、その内面をあまり描いていないのも個人的には好感ポイント。

そういった説明シーンを排除した事で、全編に異常なダイナミズムが生まれています。





犯人は権藤との面会を求め、二人が面会室で対峙する。


犯人の独白が始まる。


そして山崎努さんの魂の咆哮、無慈悲に落ちるシャッター、座ったまま微動だにしない三船敏郎さんの背中、このトリプルコンボが繰り出される至高のラストカット。


この余韻はもはや異常値、息すら忘れる迫力です。


映画が終わっても暫く動けないのは必定。




権藤が犯人に語った台詞、「君は何故、君と私を憎み合う両極端として考えるのかね」という言葉が頭の中を巡る。



権藤は叩き上げで今の地位まで駆け上がった男です。
犯人が動機として語った貧しさも、おそらくは経験しているでしょう。
権藤と犯人を分けたもの、それは一体何だったのか?

そんな思いを観客に抱かせます。





深い。深すぎるぜ…。





これだ。






これが世界のクロサワだ!




以上です。だから私は感動しました。




ちなみに、この頃の黒澤作品には私の世代には馴染みある役者さんたちが出てたりして嬉しいですね。

名古屋章さん、活躍してましたし、菅井きんさん、麻薬中毒者で良い味出てました。


三船敏郎さんの妻役の香川京子さんは現在、かなりの高齢ですが、いまでも映画、テレビで活躍されています。

香川さんは黒澤監督の遺作「まあだだよ」でも主人公の妻役で出演されています。

黒澤監督も宮崎駿監督との対談で「非常に上手い女優さんで何も注意する事が無い」と仰られています。

素敵です。




今月、待望の4Kリマスターが発売されます。

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