公開時、チャップリン51歳。
初の完全トーキー映画です。
ヒトラー全盛期に彼を風刺し、笑いに変える事で批判した事実、衝撃しかない。
もはや映画の枠を超えている。
チャップリン後期の作品は苦手と言う映画ファンも一定数いて、その方たちが槍玉に挙げる作品でもあるけど、あの時代が生んだ、偉大な映画なのは間違いありません。
ネタバレ度70%
未見の方はDVDか配信で! ネタバレ上等な方はお進みください。
分析
映画は第一次世界大戦での戦場でのコメディから始まります。
当然なんだけど、トーキーになったせいで、以前よりもスラップスティック(どたばた)が弱め。
それでも飛行機での脱出シーンとかしっかり面白い。
トーキーに一作目からちゃんと順応している事はやはり凄いです。
主人公はユダヤ人の床屋の主人と、独裁者ヒンケル。
この二人が瓜二つという古典的な設定です。
この設定を見ても、ストーリーにはさほど興味が無いのがわかる。
定番の設定を借りて、表現したい事があったのだろう。
それは独裁者ヒンケルというキャラを描く事で、ナチスを風刺、批判する事。
ヒンケルはアーリア人の世界征服を目論んでおり、ユダヤ人を敵視します。
ええ、もろにヒトラーです。
地球を模した風船と戯れるシーンは、その野望を感じて、観客に戦慄を与えます。
ここはサイレントで培ってきたチャップリンの魅力を改めて感じさせる名シーン。
直後には対比するように床屋の主人の仕事ぶりがコミカルに、軽快に描写され、上手いです。
音楽に合わせた動きの笑いも見せてくれる、チャップリンの名人芸よ。
そして軍人たちがユダヤ人街にて狼藉を働くんですが、その描写はなかなかにリアルです。
そこで床屋の主人であるチャップリンが抵抗するんですが、やはり今まで散々警官を笑いの対象にしてきただけあって、そのどたばたは手際が良い。
そこに花を添えるのは、「モダン・タイムス」から続いてヒロインを演じるポーレット・ゴダード。
軍人たちに対抗する勝気な女性を魅力的に演じてます。
彼女、チャップリンの三番目の奥さんなんですが、離婚してからも長く女優として活躍しています。
その存在感、魅力は「モダン・タイムス」とこの「独裁者」でも十分に発揮されています。
おそらくチャップリン映画で一番魅力あるヒロインは彼女でしょう。
独裁者ヒンケルは富豪のユダヤ人から大金を借りるため、一旦、ユダヤ人の迫害を中止します。しかし申し出を断られると、更に迫害するように。
ここで部下であるシュルツ司令官がヒンケルに反対して、追放されます。
このシュルツ司令官は先の大戦の時で床屋の主人に命を救われており、ユダヤ人に肩入れし、彼らに匿われます。
このキャラクターの立ち位置が、映画に緊張感を与える事に一役買っている。
ただ床屋の主人と独裁者を描く二元構造じゃなく、その間を行き来するこのようなキャラを配置する脚本の上手さは流石。
ナチスの描かれ方も徹底しており、ゲッベルスやゲーリングを想起させるキャラも登場。
後半にはムッソリーニを模したキャラも出てきて、ヒンケルと虚勢の張り合いを見せるシーンは風刺が効いていて抜群に面白いです。
映画の終盤、床屋の主人はシュルツと共に収容所に連行され、逃亡を図る際に独裁者ヒンケルと入れ替わる。
そしてこの映画の全てとも言えるラスト、「私は皇帝になりたくない」から始まるチャップリンの演説に繋がります。
チャップリンがトーキーに切り替えて、肉声で訴えたのは、あまりにストレートな平和への願いだ。
公開時、ヒトラーは全盛期です。
ヨーロッパ全土を蹂躙しており、このままドイツの快進撃が進めば、チャップリン自身、どんな目にあったかわからない。
製作当時、アメリカはまだ参戦していませんでしたが、この映画の製作にはやはり相当に反対意見、抵抗があったようです。
アメリカにもファシズムを支持する人間はいたしね。
チャップリン自身、後年、自伝で「ホロコーストなどの大量虐殺を知っていれば、製作できたかはわからない」と書いたように、正直に恐怖を語っています。
それでもだ。
ナチスの悪行、その全てを知らなかったとしても、暗殺される懸念は当然あったでしょう。
お金をかけた映画はたくさんある。
しかしこんな、命まで懸けた映画があるのか。
命懸けで世界に訴えたその言葉には、やはり無類の感動がある。
あれから半世紀以上経ち、今、世界はどれほど変わったのだろう。何も変わっていないのかもしれない。
以上です。だから私は感動しました。
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